【第3章】-高校生- 堕落は続くよどこまでも

受験戦争で黒星を喫した僕は、
滑り止めで受験した
私立の高校に進学した。

中学時代、受験のために
あらゆるものを犠牲にしてきた。
小学校まで散々やってきた
ゲームを封印し、
友達との遊びの誘いを断り、
塾の自習室に通った。
やりたくもない委員会活動に取り組み、
自分の積極性というものを
先生たちに"積極的に"アピールした。

正直心が折れそうになることもあったが、
だましだましやってきた。

あらゆるものを犠牲にして臨んだが、
残念ながら第一志望の高校から
入学を許可してもらうことはついになかった。

 

高校に行かせてもらえる。
それだけでありがたいことかもしれないけれど、
合否発表から高校入学までの春休みの期間は
心が腐りかけた。

入学までの間は、
真の目的を自分自身にこんこんと言い聞かせることで凌いだ。
自分の使命は、大学に進むこと、
ひいては大手企業に就職することだということ。

人生という長いスパンでみれば
今回の敗北がほんのかすり傷だという詭弁でもって
絶えず自分を説き伏せ続けなければ精神が保てなかった。

 

 

高校の勉強は、中学ほど甘くなかった。
暗記の量は膨大になるし、
中学のようにセンスで解ける問題がだんだんなくなってくる。

入学と同時に受験したスタディサポート(テスト)では
学年(約400人)で3位だったが、
夏の模試では下から数えた方が早い人になっていた。

特に数学は自分はセンスがある方だと過信していたので、
太刀打ちできない問題が現れるたびに
自分はもしかしたら
センスがない側の人間なのではないかと狼狽えた。

センス?そんなものはない。
ないし、必要もない。

毎日の地道な積み重ねがとにかく大事だ。

しかし当時の僕は
受験の優劣には、
センスが大きな比重を占めていると思っていた。

先日、どこかの番組で東北大学の数学教授が
数学の二次試験で
満点を取れるかと聞かれたとき、
定理を予め暗記して臨まなければ
制限時間内に解ききるのは難しいと言っていた
(試験時間が無制限なら
定理を立てることから始めて
完答するらしい…やばww)。

このエピソードが
何ら説得力を加えるわけではないけれど、
センスがあるからといって、
数学が無勉強でポンポン解けるのは
やっぱり高校では通用しないらしい。

要は、天才もゆうて
どっかで勉強してるんでしょって話。

数学に限らず大学受験は
センスだけでは突破できない。
肝要なのはむしろ
暗記や慣れの方かもしれない。
センスなんてものに縋ろうとするから
地道な努力から逃げるにようになる。

あくまで持論だけれど、これは真理だと思う。
戒めも込めて。

このことに気づいていない僕は、
解けない問題に出会っては焦り、
焦っては現実逃避してを繰り返していた。

解けない現実に向き合いたくない気持ちと、
勉強しなければと焦る気持ちが
心の中に渾然一体としていた。

必死に机にかじりついてしまったら
"センスのない人"に成り下がってしまう…

今更センスのない人として同じ土俵で戦っても、
泥臭く頑張る人たちに混ざって戦える気がしない…

こんなことを思いながらただただ日々を消耗した。

 

あるときOBの合格体験記を読んで
気持ち良くなってみることにした。

「最初は部活三昧で勉強はテスト前だけ。」
「部活引退後は勉強漬けの毎日をおくるも最初は成績が全然伸びず…」
「しかし、秋頃から徐々に模試の判定が良くなっていき」
「年明けの模試でB判定でした。」

文章を追うごとにだんだん気持ち良くなってくる。

自分も今は伸びる悩んでいるけれど、
あとから必ず逆転できるはずだ。

E判定から逆転合格を果たす先輩に
自分を同化させながら、
イメージの中で合格を追体験し、酔いしれる。

ずっとこのままでいられないかと
僅かな期待が生まれる。

しかし残酷にも
合格体験記には必ず終わりが来る。

最後は必ず桜の花びらが舞い散る中、
家族と大学の校門で記念写真を撮っては、
僕らにそっとエールだけ残し、
偉大な先輩は大学生活へと旅立ってしまう。

一人取り残され、
普段と何ひとつ変わっていない現実を突きつけられ、
より一層不安に苛まれる。

「合格体験記ってダウナー系だったんだ。」

ふと時計を見ると2時間ほど過ぎている。

こんなことは日常茶飯事だ。

 

勉強法が悪いのかもしれないと書店に救いを求めたこともあった。

勉強法コーナーで立ち読みして、
いちばん合格に連れて行ってくれそうな本を買って帰った。

本で紹介されている参考書を片っ端から買い漁っては、
参考書オタクと化したが、
いつになっても参考書と馴染むことはできず、
最後まで落ちこぼれ状態を脱することはなかった。

結局何の手応えも感じられぬままセンター試験を迎えた。

センター利用入試で
私立大学一校から合格はいただいたものの
国立の二次試験はボロボロ。

国立大学は無事全落ちを喫した。

 

意外に思われるかもしれないが
高校受験のときよりもショックはずっと小さかった。
受験する前から負けを確信していたからに違いない。

二次試験は途中抜けて帰ろうと思ったほどだ。

ああ、これ無理だわ。
早く終わらないかな、受験…

実はもう秋頃からそう思っていた。

 

感覚としては格ゲーに近い。

3本先取の初戦で
圧倒的な実力差で何もさせてもらえず、
以降はコントローラーをぶん投げて
3本取られるのをただじっと待つあの感じだ。

なんなら早く終わらせたくて
自分から相手の技に当たりに行く。

 

格ゲーでは負けを確認したら
すぐに切り替えて別の相手と再戦をはかる。
大学受験でこれをやろうとする人たちを
世間では浪人生と呼ぶ。

僕は浪人生として
懲りずに再戦を挑むことにした。

正確には、受験という大義名分をぶら下げて瘋癲(ふうてん)する
ただのニートになったのだけれど。

今もニートみたいなものかもしれないが、
思えばニートを初めて経験したのはこの頃だ。

 

浪人生という身分は
けっこうおもしろくて、

高校生でも居られず、
大学生にもなれなかった中途半端な若者に、
浪人"生"という名前を与えることで
延長戦をはかる学生として
諫めず、優しく、暖かく、世間は許容するのである。

 

浪人時代は大手の予備校に通うことにしたこと以外に特筆することはない。

とった方がいいという講義を全て受講し、
良いと言われている参考書をひたすら試し、
あらゆる講師の意見に耳を傾け、
眠い目を擦りながら自習室に籠り、

何の手応えも得られぬまま
1年を棒に振った。

考え方を変えない限り
変化は起きない。

分からず屋の浪人生も
流石に同じことを繰り返す滑稽さに気づいたようで、
その時点で最も合格をいただきやすい大学を受験し、
晴れて進学を認めていただいた。

高校受験から考えれば長かったが、
ここまで信じて応援し続けてくれた母には感謝しかない。

 

前:【第2章】-中学生- 受験戦争、それは不安との戦い
次:【第4章−1】-大学生- 大学生活が入学と同時に終わった

© 2022 1日3時間で月50万円稼いで就職から自由になった元大学院生のブログ Powered by AFFINGER5