【第4章−2】-大学生- 労働の裏切り

終わってしまったものは仕方がない。

卒業までの膨大な時間を
無駄にしたくなかったので、
アルバイトとして働こうと思った。

高校のころ、
学校に通う傍ら
アルバイトでお金を稼いでいる友達がいた。
彼はファミレスの皿洗いだった。

バイトの影響かはわからないが
当時僕には彼が周りより垢抜けて見えていて、
「働く」ことで人は一皮向けるらしいという乱暴な推論を立てた。

 

 

人生で最初に与えられた仕事は
ビジネスホテルのフロントの仕事だ。

無限にある求人の中でこの仕事を選んだ理由は、
人生で一度は接客業に携わってみたかったのと、
単純にお客の民度が高そうだと思ったからだ。

初めての労働はとりわけ過酷だった。

長時間の立ち仕事による足の疲労、
若者と軽視して横柄な態度で接してくる客、
少しでもサービスをむしり取ろうと
ガメつく楯突いてくる客、

中でも社員さん同士が裏で
「アルバイトの〇〇と反りが合わくてさー」
「ヘルプできた〇〇さんが使えなくて本当に困る」
「この前あのメンバーで私地獄だったんだけど」

だのと身内に対して愚痴っているのを
聞きながら仕事に取り組むのが最も辛かった。

たとえ自分の話題でなくとも
みるみる精神が削られた。
それを表で働く人に聞こえるのをわかってて
尚堂々と喋っているのがまた、
彼女らから自分らに対する蔑視が窺われて
いたたまれなかった。

一人、あからさまに僕を嫌っている社員さんがいたのも大きい。

職場の人間関係の悪さは
どんな過酷な労働よりもこたえる。

人間関係が良好であれば
どんなに客が多かろうと、
労働時間が長引こうと、
退勤後に仲間うちで飲む一杯のビールが達成感を味わせてくれ、
疲労は心地よさに変わる。

逆に人間関係に恵まれなければ
どんなに暇でも
一刻も早くこの場から立ち去りたいと思うほどに
職場は地獄と化し、
地獄は退勤後も
追い討ちをかけるように憂鬱さでもって精神を蝕む。

これは労働を経験したことのある人なら
納得してくれるだろうと信じている。

アルバイトとして採用の連絡をいただいたときは
心をルンルン弾ませ、
自分もようやく社会に貢献できると息巻いていた。
誰かの役に立って、
その対価として報酬をいただくことができるんだと。

どんなに厳しい経験だろうが
辛い思いだろうが
全部飲み込んで人生の糧にしてやろうと思っていた。
給料よりも自己重要感の方が
自分にとって価値があったのだ。

しかし、労働の実態は
19歳の若者がイメージしていたものとは
根底から異なっていた。
"職場"での正義は、
必ずしも仕事における正義とは
合致しなかったである。

それはどういうことかというと、
良い働き、お客へたくさん価値を提供する姿勢こそが、
仕事における絶対の正義である。

しかし職場においてはそんなことよりも、
身内といかに親密になり、
労働を巧妙にやってのける人の方が重用され、
それがまた生存戦略的に正しかったのだ。

ホテルのフロントの仕事は
肉体労働であるし、
接客業であるし、
覚えることも多い。
誰しも最初は過酷に感じる。

ただ、どんな人でも
真面目に数ヶ月も働けば
一通り板についてくる(大手でマニュアルも完備されていた)。
そうなると一人一人の仕事に
クオリティの差がつきづらい。

それゆえに、仕事の出来よりも
上司に好かれる人間の方が
昇給なり昇進なりでオイシイ思いをする。
そればかりでなく次の日からその人が
今度は真面目な働き者をアゴで使うようになる。

労働それ自体よりも、
目上の人に好かれることの方が重要だったのだ。

出勤するたびにそれが徐々に、確実に実感され、
職場に充満する醜さが
だんだんはっきりと感じられるようになっていった。

 

労働とはもっと清々しくて
キラキラしているものじゃなかったのか!?

 

箱庭で形成される人間関係の醜悪さを経験して、
労働がしばしば敬遠される理由を理解した。

それと同時に、
自殺を図る若者の心理を垣間見た気がした。

これは単純に「給料が安い」とか
「ちょっと休めばいいじゃん」とかいう
単純な言葉では片付けられない。

自分はこれでも接客業なだけまだマシかもしれないと思うと、
他の職種に対する懸念と恐怖で寒気がした。

シフトは週に4~5回のペースで入らせていただいたが、

勤務中の自分は
決められたセリフを繰り返す
ロボットのようだった。

チェックインデゴザイマスカ?コチラニ、オナマエトオデンワバンゴウノゴキニュウヲオネガイイタシマス。カクニンイタシマシタ。ホンジツヨリゴイッパク、キンエンノシングルルームデゴヨヤクイタダイテオリマシタガオマチガイゴザイマセンデショウカ?ホンジツ○カイ〇〇○ゴウシツデゴザイマス。カンナイノゴセツメイヲサセテイタダイテモヨロシイデショウカ?ゴユックリオスゴシクダサイマセ。

(チェックインでございますか?
こちらに、お名前とお電話番号のご記入をお願いいたします。
確認いたしました。
本日よりご一泊、禁煙のシングルルームでご予約いただいておりますがお間違いございませんでしょうか?
本日○階〇〇○号室でございます。
簡単に館内のご説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?
ごゆっくりお過ごしくださいませ。)

意識の外で口と手が勝手に動いていた。
仕事が板についてきたということだろう。
そして手際が良いとはこのことを言うのだろう。

しかしこれはプロフェッショナルのそれとは程遠く、
明らかに自発さが欠けていた。

気づけば例の社員に悪口は言われていないか、
粗を指摘されないか、
余計なことを考える余裕が生まれてしまった。
最初のうちは仕事を覚えるのに精一杯で、
そういう些末なことには幸い気が回らなかった。

仕事を覚えるまでは業務に四苦八苦し、
慣れれば今度は人間関係に辟易する。

どのみち労働に勤しむうちは
苦しみから逃れられない。

ただ立っていただけのはずなのに、
退勤時には精神がどっと疲れているのを感じた。
こんなに疲れてこんなに時間が経っているのに、
記憶がスッカスカなのに驚く。

順方向のタイムマシンに乗った気分だ。

立ち仕事でパンパンに張ったふくらはぎと、
徐々に増える預金残高の数字が
そうではないことを明確に物語っていた。

 

この職場では1年近く働かせていただいた。

自分はお世辞にも仕事ができる方ではなかった。
辞職のときは、例の社員さんに
「あなたは将来社会に出て苦労する」
と捨て台詞を吐かれたほどだ。

社員とアルバイトが一緒に働く職場だったのもあって、
最後まで肩身が狭いままだった。

ただ若さもあってか
何かミスを冒してもお客さんから
穏便に取り計らっていただくことが多かった。
これに関しては恵まれていたと思う。

この後も、居酒屋のホールスタッフや
携帯ショップのキャンペーンディレクター、
大学の事務、
家庭教師、
と他にも様々なアルバイトを掛け持ちで経験した。

最終的に2年半をバイト戦士として駆け抜けた。

大学生活の半分以上を労働に捧げたことになる。

僕は根っこが怠け者なので
自分にしては大したものだと思ったりしている。

働いている時だけは憂鬱さから解放され、
微力ながら社会の役に立つことで
自己重要感を保つことができたからだ。

しゃにむに働いているうちに
気づけば3年次の後半に差し掛かっていた。

僕の学科は理系だったので
この時期に研究室配属があった。
配属は強制である。

研究に関心など全くなかったが
やむを得ず遵行した。

まさかここで人生の転機を迎えることになるとは思ってもみなかった。

 

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