【第6章】-大学院生- 俺はこの世界にいるべきじゃない

学部生で卒業に必要なデータは揃った。

もう少し研究を続けたかったのと、
ビジネスの学習と実践の期間が欲しいのもあって
大学院に進学することにした。

とはいえ、片手間で勉強したビジネスが
実践して即成就するとは思っておらず、
ゆくゆく就活することも
もちろん見据えての決断だ。

修士課程修了後の就活は、
やる気先行型のアピールでは
突破できないであろうことも承知していた。

 

大学院に進むと、学部時代以上に
スケジュールが過密になってくる。
今まで以上に研究に時間が割かれた。

1日平均15時間は研究室で過ごし、
そのうちの10時間は実験にあたった。

この頃から研究に対する熱が
徐々に冷めている自分に気づいた。
モチベーションの源泉が、
研究内容のおもしろさや学問の追求ではなく、
とっととデータを出して
論文を書き上げることになっていたのだ。

データ量が研究室内での
ヒエラルキーに直結していた。
それもあって、
一層目先のデータ量に固執するのだった。

思った通りのデータが出たときは跳んで喜び、
後輩を連れてラーメンに出かけた。
逆にデータが乏しいときは途端に憂鬱になり、
ひたすらに自分の将来を案じた。

報われれば歓喜し、裏切られては苛立った。
まさに一喜一憂していた。

既に若くない。

上位学年として、
後輩の指導もしなければいけない。
その手前、生半可な結果は残せない。
がむしゃらに走り続けていればよかった学部生の時とは
一回一回の実験の重み、
一つ一つのデータの重み、
一回一回のデータ報告の重みが
まるで違っていた。

気づけば自分のパフォーマンスは落ち、
半ば神頼みする勢いで実験結果を待った。

 

目の前のデータ一枚、
これを出すことだけに拘った。
自分の中で学問の追求や興味関心は
もはや建て前としての役割しかなさなかった。

こんな人間がこの世界にいるべきではないと思った。

自分を中心に考えているような人間は
アカデミックの世界に根本的に向いていない。

研究者は本来、
純粋に学問を追求したい人だけがやってればいい。
研究なんて基本金食い虫なわけで。

「データ出さないと科研費が…」とか言ってる人も
漏れ無く全員向いていないから
とっとと辞めたほうがいいと思っている。

こんなことを考えながら、
毎日研究室と家の間を
機械のように往復していた。

自分はここにいてはいけないと思う一方で、
そこに厄介にならなければ
生活がままならない自己矛盾は
大きな罪悪感を自分に植え付け、
容赦無く精神を削った。

ある日実験中、
背中に鋭い痛みが走ったかと思って鏡を見ると、
背中の左半分に
刺青のような帯状の赤い発疹が現れていた。

ただ事じゃないと思い、急いで病院に駆け込んだ。

 

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